無資格学芸員かく語りき byドクターアルカイック
無資格学芸員(?)がお届けするユニークで知的な美術コラム
これであなたも学芸員or美術評論家!?
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アートフェア−大流行の韓国?
第7号− 2008年7月号 −
1988年のソウルオリンピックを契機に、先進国の仲間入りを果たした 韓国の美術界の変遷ぶりには、目を見張るものがある。
1990年代には、さまざまな団体が開催するビエンナーレが、大流行 した。首都圏の中央ビエンナーレ、プサン・ビエンナーレ、名前は忘れた が、東海岸でもビエンナーレが開催された。観光地とされる済州島でも、 1996年に、プレ・ビエンナーレが開催されたが、本番を待たずに挫折した。 有名な光州ビエンナーレも1995年に始まり、いまや国家的なプロジェクト に準ずるイベントに成長している。これらのイベントは、非商業的なもので、 そのために、膨大な予算とスポンサーが必要になる。アートマーケットが 未成熟な段階では、有効な機関車役として、美術界を支えた。
だが、1997年のIMF危機を境に、事態は一変した。特に、2000年代 に入って、IMF危機を克服してからは、美術界は官界主導から、民間 主導に大きく舵をきった。それがアートフェア−の大流行だ。その背景に は、アートマーケットの成長がある。
大きなものは、ソウル市のアートセンターで毎年開かれるMANIF。この 展覧会は、IMF危機以前から開かれ、15年以上の実績を持つ草分け 的な存在。そして、2000年になってからは、KOEXを会場にKIAFという アートフェア−が始まった。MANIFが、作家の名前でブースに出展する のに対して、KIAFは、画廊の名前で出展する。スタート時の事情により、 出展システムの違いが見られる。どちらも展示即売のアートフェア−だ が、先行したMANIFに比べ、今ではKIAFが規模の点で、はるかに大き い。
この2つの成功に刺激されて、以後各地にアートフェア−なるものが、 林立した。だが、ノウハウの蓄積が不十分な理由で、1回限りのものも 続出。地方都市の問題をさらけ出したものもあった。たとえば、2006年 には、首都圏である京畿道龍仁(ヨンイン)市の美術協会が主催して、 龍仁アートフェア−が開催されたが、市長の文化政策推進と歩調を あわせたまでは良かったが、その後の市長の疑惑発覚で2回目の開催 にはいたらなかった。
逆に、着実な発展をうかがわせるものもある。韓国第4の都市・大邱 (テグ)で昨年から始まったアート・テグは、市内はずれのEXCOの建物 で約60軒の画廊を集めて、今年6月25日から、第2回目のアートフェ ア−を開催した。KIAFの小型版というイメージだが、地方都市だけに、 にぎわいに欠ける印象があったものの、日本の現代美術の中で、いま もてはやされている村上隆や奈良美智、草間弥生らの作品が、売れ ると充てこんで、韓国の多数の画廊からも、出展されていたのには驚 いた。今年に入って景気が下降気味の韓国だが、アートフェア−は、 オリジナルで勝負が基本。儲かるなら何でもというのは、少々いただけ ない。これも地方都市ゆえということだろうか。
いずれにしても、韓国のアートマーケットの着実な拡大を見ると、日 本は、はてさて、心細い限りと思うのは私だけだろうか。






